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発動してしまった私の準拠枠 【理事 平野りか】

yurushi-iro

ここ聴色傾聴協会のホームページを訪れてくれている方は聞いたことがあるかもしれませんが、「準拠枠」という言葉をご存知でしょうか?
「準拠枠」とは、人が物事を判断、認識するのに使っている基準というような意味です。
人は個々に持って生まれた特性と、これまでの経験を通して、感じたり考えたりしています。
さらに言い換えれば、自分のみの特性と経験というフィルター(色眼鏡)を使って、見たり聞いたりしているということです。
似ている言葉では「価値観」が最も近いのではと思います。
しかし違うのは、「価値観」は揺るがない信念のようなもので、「準拠枠」はあくまで物事を判断する時のフィルター(色眼鏡)のようなイメージです。
(タイトルにした「発動」というのは表現としておかしいと思うのですが、自分の気持ちとして「発動してしまった」というのがピッタリだったのでこのタイトルにしました。)

人は誰しも自分の「準拠枠」を持っています。
私は傾聴を学び準拠枠のことも学んできました。
我が子の不登校を経験したり、手話を学んだり、色々な方のLGBTQに触れたりしながら人それぞれの準拠枠を理解してきました。
…いや、理解したつもりになっていました…というのが正しいです。

先日、私の準拠枠で物事を考え発言してしまった!!と思う出来事がありました。
家族で食事に行った時のことです。
長女が祖父母(私の義理の両親)に報告をする事がありました。
無事に報告が終わり、「叔母さん(私の義理の妹)にはどうしよう?」と長女が言いました。
私は勝手に長女が、叔母さんにまでわざわざ自分から連絡するのは面倒だと思っている、と思ってしまいました。
なので長女に「それは祖父母から伝えてもらったら?長女から直接言わなくてもいいでしょ。直接電話とかで連絡するのも…ねえ。」と言ってしまいました。
しかし、長女の気持ちは逆でした。
連絡するのが面倒だと思っているのとは真逆で、むしろ自分から電話をかけたかったんです。
結果、長女は自分から嬉しそうに叔母に電話をかけました。

この時の私は「やってしまった!」が、正直な気持ちでした。
これは私の準拠枠なのですが、伯父伯母(叔父叔母)までは自分から直接電話で連絡、というのは「普通」はしないだろう、というフィルターがありました。
ある程度準拠枠について理解しているつもりでしたが、新しい状況に出会った時、まだまだ自分の中の「常識」「普通」という「枠」が根強くあるなあ、と実感しました。

今回の話しは、私の準拠枠でもあり価値観でもあると思います。
不登校に関するお話しは、だいぶ枠が外れてきて聴けるようになってきたと思っていますが、新しいジャンルの話しには自分にガッツリ揺らがない「枠」があると知ってショックでした(笑)
しかし、経験値は得られたと思っているのでまた新しい自分を発見した♪という気持ちでポジティブに捉えたいと思います。

平野りか

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