親の心子知らず=子の心親知らず 【理事 井上美絵】
次女とたまたま見ていたニュース。
母親の恋人による子どもの虐待死。
悲しい事件。
悲しい気持ちや信じられない気持ち、自分も大した子育てをしてこなかったから偉そうに言えないことや、親としての葛藤をぶつぶつと話したと思う。
すると普段寡黙な次女が
「いじめっ子とかもそうじゃない?親の意地悪な部分とかそういう背中見て育つからそうなるのわかるよね」
「うちはいじめとか人に対しての関わりとかは厳しかったから、そういうのはちゃんとわかったけどね」と答えた。
あぁ、そうは言っても親の背中なんて大したもの見せてこれなかったなぁと。
ここぞとばかりに「〇〇(次女)が小さい時は精一杯で無我夢中でさ、寂しい思いも沢山させたね、でも過去は変えられないからあの時はごめんねとしか言えないよなぁ。ただ愛情は伝えてたつもり」と反省と言い訳を堂々と伝えた笑
すると「愛情はちゃんと感じてたし、受け取れた部分もある。ただ愛情のかけ方が上からすぎて、私の中の器にうまく入らなかったり、飛び散っちゃったりしてこぼれた部分も多かったと思う
器が小さかっただけかもしれないけどさ」と返ってきた。
ハッとした。そして言葉を飲んだ。
思い浮かぶことが多々あったから。
昔から気持ちを表現することがとにかく苦手。
子どもには伝えてきたつもりだったけど、遠回しだったり、自分だけが思う「愛情」をぶつけ続けたり、子どものためと理由づけた自分の逃げだったり…。
子育ても落ち着いてきてやっと見え始めた自分の子育て。
渦中は必死だし、夢中だし、余裕なんてなかったから無意識レベルだったと思う。
それを大人になりつつある我が子と、たまたまのタイミングでこんな話。
子どもながらに色々見て、色々感じてきたのだろう。
親の心子知らず=子の心親知らず
もうとっくに互いの人生は別で、感覚もそれぞれで、それぞれに進んでいた。
子どもを産んだことで、勝手に親の理想を作り、自分の分身のように感じ、人生に乗っかりがちだけれど、きっと子どもとしてはありがた迷惑..笑
親の想いは親だけのもので、子どもの想いもまた子どもだけのもの。
それぞれで良かったのに、一緒にさせようとしてしまいがち。
今更になっても子どもから学ぶ。
話の最後は「お互い人生楽しもうね」「そうだね」で終わった。
きっとずっと続いていく関係。
でも、個々の人生。
いい距離感で互いを見て行こうと思えたひとときだった。
子どもに何になりたい?ではなく
どう生きたい?と最近は聴いてみたくなりました。
自分だけの人生を生きたいように生きてほしい。
そして自分の人生もあとどのくらいなのかわからないからこそ、やりたいように思い切り生き切っていこうと思うようになりました。
何者かになろうとせず、その時の自分を丸っと愛せるように。
井上美絵
