長女の結婚 その①生まれた時編 【理事 平野りか】
2026年4月19日、我が家の長女が結婚式を挙げました。
長女は1997年6月25日早朝に生まれました。
私の身長が150㎝無いので、本当は3000gにならないうちに生んだ方が良いと先生にも言われましたが、お腹の中ですくすく育ち、10ヶ月に入った時には3000gを超えるくらい成長していました。(私自身も3600gで生まれたので、お腹の中で大きく育つのは遺伝でしょうか。)
なので、正産期に入ってから頭が骨盤を通るかどうかの検査をしましたが、骨盤を通るかどうかはギリギリとのことでした。
里帰り出産のため地元の日赤病院に転院したので、2名の医師に診ていただき、1人の先生には「骨盤を通らないかもしれないから、帝王切開にしましょう。」と言われましたが、もう1人の先生には「いや、いけるんじゃない?」と言われました。
その結果、陣痛を待ってどうしても産めないようなら帝王切開にしましょう、という話しになりました。
あれ?それって一番キツいやつじゃ…と思いましたが、もう先生の判断にお任せすることにしました。
6月24日の早朝、陣痛が始まり病院へ。
初産なこともあり、陣痛がなかなか進まない体質もあり、24時間以上かかって自然分娩で3400gで生まれてきました。
しかし、お腹の中で苦しくなった長女は「胎便吸引症候群」というお腹の中で便を出してしまう状態で生まれてきたため、すぐに同じ日赤病院のNICU(新生児集中治療室)に運ばれました。
その後、私が分娩室から病室に移動する時に「いけるんじゃない?」と言った先生にばったりお会いし「ほら、大丈夫だったでしょ?」と言われましたが、長女は触れることも出来ないうちにNICUに行ってしまうし、私は24時間以上かかってヘトヘトだしで、大丈夫だったのかどうかわかりませんでした。
夫は私の母からの連絡で、佐賀県から東京の病院に来ましたが、当時まだ携帯電話も無い中「生まれたけどNICUに入った」と言われた夫は、どうやって東京まで来たのかよく覚えていないと今でも言っています。
私は5日で退院しましたが、退院してから毎日母乳を絞って冷凍して、毎日NICUに持って行きました。
私が退院して10日ほどで長女も退院することができました。
あれから28年。
大病もせず、すくすく成長してくれました。
4人姉弟の長女で、しっかり者にならなきゃいけないような環境だったと思います。
私たち親の言動で、そうせざるを得ない場面も多かったでしょう。
「いい子でいなくちゃ」という使命感も持っていたと思います。
親として、長女にちゃんと手をかけてあげられなかった思いが強いです。
そんな長女が心を許せる、安心できる伴侶を得たことを心から嬉しく思います。
…その②に続きます。
平野りか
